2013年4月23日火曜日

少年ジャンプ



目の前に河が流れている
水かさのある
急流の河だ
茶色く薄汚れた水だ


河の向こうで誰かが見ている
手を振るわけでもなく
ただこちらを見ている
顔がない


河の向こうで鶯が鳴いている
森では桃色の花もちらほら見える
河の向こうには
春が来ている


なんとなく向こうへ行きたいので
橋を探そうとした
川上へ行こうと
急流の河沿いを
のぼろうとした


川上の方を眺めると
河なんて流れてなかった
目の前には河なんてなかった
ちょっとだけ深い
溝があるだけだった


納得して
それを認めた
それを認めたあとで
家に帰った
そして少しだけ眠った

2013年4月17日水曜日

豆腐

針供養を伝えるニュースで 
使い古しの針に供ぜられる豆腐の映像を見ていると 
急に豆腐が恋しくなって 
スーパーで鰯の丸干しのついでに絹ごし豆腐を一丁買ってきた 


白くやわっこい肌がずたずたと針の山にされるテレビの様子に 
つい痛々しく可哀想な気持ちになってしまったのは 
俺の心のつくりが豆腐だからだろうか 


大豆で出来た甘い乳は 
顔面が地すべりするほど苦いニガリを加えられ 
凝り固まって豆腐となるわけだが 
固まるといったって鉄筋コンクリート並に固まる訳でもなく 
豆腐はまあ最後まで豆腐である 
いいとこ身が締まるのも高野山までだ 


豆腐と針はまるで似ても似つかぬもの同士であるし 
針にしてみたらこれ以上仕事のしやすい相手はいないだろう 
折れた針を慰めるのに打ってつけのかませ犬である訳で 
針供養とはよくしたものだ 


しかし豆腐は脆いが 
それは哀れむべき弱さではないのかもしれない 
その脆さ柔さは逆に 
強靭であるとも言い換える事ができるのではないか 
絹ごしなんかの柔さは尋常でないが 
それも尋常ならざるスルー能力 
泰然自若な柔さなのかもしれない  


針の束に身を貫かれながらも 
「うむ」 
と軽く頷いて見せてこそ本物の豆腐 
それが一人前の豆腐なのだ 
そう考えると俺は豆腐としてまだまだ半人前 
甘ちゃんの豆腐なのだ 


よし俺はこれから胸を張って 
豆腐道を生きていこうじゃないか 
とりあえず始めに 
買ったばかりの絹ごしを冷蔵庫に移そうとして 
床に落とした件について 
「うむ」 
と頷いてみた 
わが豆腐道の輝かしい第一歩だ