針供養を伝えるニュースで
使い古しの針に供ぜられる豆腐の映像を見ていると
急に豆腐が恋しくなって
スーパーで鰯の丸干しのついでに絹ごし豆腐を一丁買ってきた
白くやわっこい肌がずたずたと針の山にされるテレビの様子に
つい痛々しく可哀想な気持ちになってしまったのは
俺の心のつくりが豆腐だからだろうか
大豆で出来た甘い乳は
顔面が地すべりするほど苦いニガリを加えられ
凝り固まって豆腐となるわけだが
固まるといったって鉄筋コンクリート並に固まる訳でもなく
豆腐はまあ最後まで豆腐である
いいとこ身が締まるのも高野山までだ
豆腐と針はまるで似ても似つかぬもの同士であるし
針にしてみたらこれ以上仕事のしやすい相手はいないだろう
折れた針を慰めるのに打ってつけのかませ犬である訳で
針供養とはよくしたものだ
しかし豆腐は脆いが
それは哀れむべき弱さではないのかもしれない
その脆さ柔さは逆に
強靭であるとも言い換える事ができるのではないか
絹ごしなんかの柔さは尋常でないが
それも尋常ならざるスルー能力
泰然自若な柔さなのかもしれない
針の束に身を貫かれながらも
「うむ」
と軽く頷いて見せてこそ本物の豆腐
それが一人前の豆腐なのだ
そう考えると俺は豆腐としてまだまだ半人前
甘ちゃんの豆腐なのだ
よし俺はこれから胸を張って
豆腐道を生きていこうじゃないか
とりあえず始めに
買ったばかりの絹ごしを冷蔵庫に移そうとして
床に落とした件について
「うむ」
と頷いてみた
わが豆腐道の輝かしい第一歩だ
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