2014年3月13日木曜日

芋が煮える(5)

芋が煮えている
つまみの壊れたコンロの火の上で
芋が煮えている

 *

細く削った眉根を寄せて
残念ですがと彼の人は言葉を置いた
苦笑いを浮かべ窓口へ向かう姿
それを目で追う前に
体の節々に重い油が注されていた



芋は煮えていた
おそらく灰色の昔から
つまみの壊れたコンロの火の上で芋は煮えていた
時折りは枯れた菜箸が芋を鍋からつまみ上げ
火の通りを確かめつつ
確かめつつ
汁をこぼして鍋へと戻した

芋は煮えていた
雪平鍋の底が茶色くなるまで煮えていた
怒るでもなく嘆くでもなく
偶には楽しんで自ら汁気を飛ばし
たっぷりあった楽観という楽観を無自覚に乾かしていた
誰か大勢のための献立の余白で芋は煮え続けていた

 *

エレベーターは造りが広く、手すり完備だった
トイレは車椅子が乗り入れられるほど広かった
バリアフリー万歳と
意地の悪さが両手を挙げて指先を天井で強打する

 *

今も煮えてゆく芋は
乾きつつある煮汁ごと掬われたかった
匙や御玉は大根や玉子の鍋に突っ込まれている


芋は煮えている
そこらじゅうで、芋という芋が煮えている
煮崩れて姿の見えなくなった芋
煮汁の甘い芋
輪郭を残した芋
芋の煮えたもご存知じゃない芋
芋 芋 芋

芋が煮えている
つまみの壊れたコンロの火の上で
芋が煮えている
どこかの鍋から
きなくさい煙が立っている


2013年6月13日木曜日

生きようとして
かつて散らばってしまったYESのための音素をひろいあつめ
生きようとして
コンビニで290円のおにぎりセットと660円のエロ雑誌を買い
生きようとして
せんずる

生きようとして
求人票に記載された就業時間の欄の備考の多さに眉をひそめ
生きようとして
隣の窓口に座った中年男の崖っぷち話に少し気を楽にして
生きようとして
一枚の求人票を片手にパチンコへ行き 五千円スって家へと帰る

ご先祖さまは俺に随分前の机から順繰りにプリントを送ってくだされた
長い設問には裏移りした宿業やら言うマーカーのチェックが残っていて
俺は仏壇の前に座り般若心経を意味も分からず唱え続けた
線香を何本あげど選考には通らず
私欲は滅ぼしますと何度誓えど職には就けない
馬鹿野郎や畜生の恨み言を吐く怒りもなく
ふやけたひらがなのルビが入った曹洞宗の経文を扇ぎ
せめて風をおこして蝋燭の火を一気に掃き消す

なぜ生きようとして 生きねばならないのか
飯を鱈腹食って派手にげっぷを吐き
朝の5時に布団に入り10時間熟睡する事がいけない事なのか
働いたら負けかなと思い
親の脛が砂色のお骨になるまでしゃぶりつくして
誰も居ない家の隅の暗がりで即身仏となりながら
アイマスのコンテンツをフヒヒと笑いダウンロードする事の
何がいけないのか
それにはご先祖さまも答えてはくれないのだ

すべては俺に失望する俺がひそやかな声で命じているのだった
生きなさいと
俺様よ 一体生きるとは何なんですか
なぜ生きなきゃいけないんですか
俺は新しい履歴書と格闘しながら俺を生暖かい眼差しで見下ろす俺様に問うた

生きるとはダイワハウスで家を新築することである
仁星の重たい屋根をまっすぐな紅帝の柱で支えることである
貴様の炎星の屋根は穴だらけで雨漏りの音で響きかえっておる
貴様の柱は緋帝の軍に侵されすでに白蟻が涌き腐り果てておる
リフォームなどと優雅な事を言ってビフォーアフターを見ている場合ではない
まっさらに切り出した太く頑丈な杉の柱に支えられてこそ
大きな真空外張り断熱の家は震度六強の地震にも耐えられるのだ
だからとりあえず貴様は働け
柱を建て替えたならば自ずと雨ざらしも終わり新しい屋根の建築も進むであろう
フォースとともにあらんことを

きちがいの俺はいなくなって阿呆の俺だけが残った
目の前には一向に視野の広がらぬ履歴書の深い渓谷があり
背には広大な平原に浮かぶ小さな泉で
全裸の二次元美少女が頬を赤らめ股を洗っていた
俺は耳を澄ませた
屋根を支える建材は少なく
反対に降り始める肉欲の雨が磯野野球やろうぜと滴り落ちる
しかし俺は耳を澄ませた
そこには誰の叱責もなく 誰のあえぎも聴こえはしない

俺は履歴書の職歴欄に
真新しいボールペンのインクで改ざんした経歴を追加した
多少の不正くらいご先祖さまも目こぼししてくださるに違いない
完成した履歴書は多少改造されどやはり俺の生きた道だった
思いっきり息を吹きかけると
その二枚折りの人生はぺらりと軽薄な音を立て浮き上がり屋根となって
浮き上がった一瞬に詰め込んだなけなしの肯定は細い柱となった
屋根には補修しきれない空白期間の穴が寒々しく穿たれてあった
見下ろせばただの暗闇でしかないが
しかしそれは下から見あげれば時折星空が見えるのだった

クリアファイルに何度目かの新しい住まいを差し込んだあとで
そんなもんだ人生なんてと
よく分からない事をそう呟いてから
その意味について改めて俺は考え始めた

2013年6月12日水曜日

剃髪の夢(四)



べつに出家したいわけじゃない




空々しく
舎利禮文や般若心経を朝な夕なに唱え
カラスや野良猫に
自分が出したゴミ袋をむざんに破られ
使用済みのティッシュやケーブルテレビの督促状を
路上にばら撒かれても
いいですね
生きてますねと
ほんにゃり笑えるよう剃髪したい

剃り落とした生臭い髪には
さだめて甘苦いあの我執や
破裂せぬまま枯れしぼんだ かつての憤怒が
俗世との名残を惜しんで
小椋佳バージョンの『俺たちの旅』を歌うだろう
夢の坂道は木の葉模様の石畳
でもふつうに畳の上で剃髪したい
切腹する時みたく白装束を纏いたい
使わないけど脇差とか腰に差していたい

剃髪した後はなるべく優しくありたい
パック詰めの豚こま肉に
がんばったねと声をかけ
サンマの蒲焼缶に手を合わせ
多少の涙をこぼしたり こぼさなかったり
それでいて
出されたものは綺麗にたいらげ
いただきますとごちそうさまの二つで
すべての罪をまぬがれて
まこと善くあったと胸を張りたい

剃髪した後はおだやかに生きたい
むかしの話を楽しみつつ語り
つらい記憶でさえ
そんな時代もあったねと
熱い玄米茶で口の粘膜を溶解させながら
角が鈍くなってゆく自分を
成長したと誉めてやりたい

でも
剃髪した次の朝は
きっと何かが寒い

頭が寒い
とかいった鬆の入ったオチじゃなく
枯れた大根みたいにスカスカになっているんだ
脳みそを煮凝らせた あのやかましき日々の
何もかもが遠くなって
ふわふわとその辺を漂うだけの
抽象画みたいな景色のなかで
真っ白になって暮らしてゆくんだ
ちょっとずつ
ちょっとずつ誰や何やに手を振りながら
自分じゃそれに気づきもしないで



南無帰依仏 南無帰依法
剃るべきか 剃らざるべきか
そるべ ゆらゆらとそるべ
釈尊よ
どうかお教えください


『――縁なき衆生よ 
 諦めたらそこで試合終了ですよ』


安西先生!

2013年4月23日火曜日

少年ジャンプ



目の前に河が流れている
水かさのある
急流の河だ
茶色く薄汚れた水だ


河の向こうで誰かが見ている
手を振るわけでもなく
ただこちらを見ている
顔がない


河の向こうで鶯が鳴いている
森では桃色の花もちらほら見える
河の向こうには
春が来ている


なんとなく向こうへ行きたいので
橋を探そうとした
川上へ行こうと
急流の河沿いを
のぼろうとした


川上の方を眺めると
河なんて流れてなかった
目の前には河なんてなかった
ちょっとだけ深い
溝があるだけだった


納得して
それを認めた
それを認めたあとで
家に帰った
そして少しだけ眠った

2013年4月17日水曜日

豆腐

針供養を伝えるニュースで 
使い古しの針に供ぜられる豆腐の映像を見ていると 
急に豆腐が恋しくなって 
スーパーで鰯の丸干しのついでに絹ごし豆腐を一丁買ってきた 


白くやわっこい肌がずたずたと針の山にされるテレビの様子に 
つい痛々しく可哀想な気持ちになってしまったのは 
俺の心のつくりが豆腐だからだろうか 


大豆で出来た甘い乳は 
顔面が地すべりするほど苦いニガリを加えられ 
凝り固まって豆腐となるわけだが 
固まるといったって鉄筋コンクリート並に固まる訳でもなく 
豆腐はまあ最後まで豆腐である 
いいとこ身が締まるのも高野山までだ 


豆腐と針はまるで似ても似つかぬもの同士であるし 
針にしてみたらこれ以上仕事のしやすい相手はいないだろう 
折れた針を慰めるのに打ってつけのかませ犬である訳で 
針供養とはよくしたものだ 


しかし豆腐は脆いが 
それは哀れむべき弱さではないのかもしれない 
その脆さ柔さは逆に 
強靭であるとも言い換える事ができるのではないか 
絹ごしなんかの柔さは尋常でないが 
それも尋常ならざるスルー能力 
泰然自若な柔さなのかもしれない  


針の束に身を貫かれながらも 
「うむ」 
と軽く頷いて見せてこそ本物の豆腐 
それが一人前の豆腐なのだ 
そう考えると俺は豆腐としてまだまだ半人前 
甘ちゃんの豆腐なのだ 


よし俺はこれから胸を張って 
豆腐道を生きていこうじゃないか 
とりあえず始めに 
買ったばかりの絹ごしを冷蔵庫に移そうとして 
床に落とした件について 
「うむ」 
と頷いてみた 
わが豆腐道の輝かしい第一歩だ

2012年2月21日火曜日

ヘッドエイカー&アシッドストリッパー1~3



トルコ鞍部に浸水するスピリタスがローカライズした幾万の不信に君はす
べての邪念をレース編みしながら逆さまの抽象画を一枚吐き出す かなし
みとかうつくしさかエロチックなどという寝ぼけた語句を靴べらでこそぎ
落すと君の前に現われ立つのはひとりの年老いた妊婦とみがかれた肉の鎧
だけだ 馬の糞を擦り付けた外套をかざして街路は君の屈辱と怠慢で区割
された その中央をユーフラテスは流れバビロンの裸の虜囚達をフダラク
あるいは鷲宮神社へと誘導し弛んだ弓弦に吊るし干す 夢の中で見たあの
アルカディアの牝馬はまぼろし尾に隠された性器は涙を流し君の陰茎の竜
骨を3㎝ずつ齧ってゆく 行く手には成熟した塩湖があり体毛を焼き尿道
カテを抜くとバルテュスの欲望がゆがんで皺に覆われる 両手で引っ張る
と虚像は真っ二つに破れそこに君の生誕がなった 失禁した天使の股には
錆色の卵 タイタニックが激突した巨大な氷山だ さてフライパンは用意
できたか?油は敷いたか? オラトリオの首を入念に15分間絞めたらさあ
目玉焼きだ




理解は逡巡よりはやく犬の肛門からベアリングを運び出した 女の思想は
ゆっくりと林檎の軸索を経てミヘン街道に漂着する 豊かな街があり娼婦
は毎日愉快に身体を洗い陰毛を剃る 穢れない少年の下腹には実は何もな
く東京ディズニーランドへと繋がる浦安の長い坑道だけがある そこを女
たちは律儀に列を揃えて潜ってゆく 長く険しい苦難の道のりに突如落盤
が愛する 愛などと笑いあいながら時々女たちは影で泣くので坑道は出水
して排卵日が近い女が真っ先に流された 他の女達は手をつなぎお互いを
抱きながらアイリッシュ民謡をうたう 声は尖って少年の腹を痛ませた彼
は焼かれた包丁で腹を開いて一人二人と女をつまみ出しラム酒に漬けた少
年は裸のままで爪先から街路に刷り込まれていった 多くの女達を坑道に
残しながら少年の身体はミッキーマウスのグラフィティになった やあみ
んな!ぼくミッキーだよっ!ハハッ!若本規夫の声で再現された挨拶で弾
けたハイネケンが空を飛び炭酸ガスが街に撒き散らされ充満し霧になった
女達はミッキーの尻尾に擬装した卵管から生まれ出てきた みんな小人に
なっていた もう言葉はなくハイホーハイホーとしか言えなくなっていた
グーフィーの結腸からシンデレラ城が建てられる ハイホーハイホー小人
達がミッキーを絵からひっぺしてその肛門を次々と指で犯した 小人達は
小躍りしながら叫ぶ 夢と魔法の王国東京ディズニーランドにようこそ!




マヤ遺跡の突端の上に少女が座っている 先鋭化されたククルカンの先に自
分の膣をはめこんで思いもかけずそこに時間は完成してしまった 痛みはな
かったが少女はまだ処女だったので破瓜の血をながした その血はカスティ
ージョの階段を滑り降りて山羊の額に当たった 山羊はその顔を歪めてゆき
生贄の不当性と人権擁護または動物愛護精神を高らかに唱え始めた 切断さ
れた生首がごろりごろりと転がってゆく 少女はようやく股から尖塔を抜き
取ると目の前にパスされた恋人の首を全力でラインの外へクリアする 審判
がリコーダーでレ#の音を吹くと瞬きの振幅に楽園が像を結んだ 幻覚の値
踏みを皆ですると人殺しなどさも当然とばかり言う蛮族たちが楽園へと攻め
込んでくる しかしそれは眼の中にしか存在しないので誰もがその場所を知
らない 蛮族はむごい拷問を試行錯誤しながら開発し男達を手足を車輪で折
ったがついに楽園がどこか知ることがなかった 少女は股から血を流しなが
ら泣いた 止まらなかった血は段々と海をかたちどり水位は上がっていった
泳げないものたちはそれぞれ折れた手足を櫂にして浮き上がり泳いだ 血は
収まらずついに陸地はすべて血の海に沈んだ 少女は自分が生み出した海を
背泳ぎで渡る 上空からは星は真赤に見えた 我々天文学者は協議した 
望遠鏡で見たあの星はなにかと ひとりが応えた あれが火星だ

見知らぬ海に


昨日の建材も豊かに
見慣れた今日はまた建設される
その一隅の
掃除具のない部屋で
私と君の生活は
すでに完成されたルーチンを
落ちるように
繰り返し回想していた

窓を横切る
おおきな鳥の影が
つかわれた歳月を告げていた
ひとつの虚勢もなしに
私と君は小さな火を囲む
燃え落ちてゆく豊かさが
ひととき私達の掌を暖める
陽の傾く部屋からは
くらい砂丘しか見えない

足の一本折れた
黒い長椅子
飲み口の欠けた
白磁のティーカップ
訪れる人はみな
忙しげに去ってゆく
私達は一様に
もてなしが下手だから
広い空間には
いつしか扉がなくなった

私の身代わりがないように
君の身代わりもまたない
私達の生活は
蔓が絡むように
互いを支えあい高く伸びて
しかし伸びるほどに
自らの重みで折れ曲り
地面に垂れ擦っている
しかしその安らぎは
君を魅惑して離さない

今日もまた
私達は砂丘をながめる
どうしようもなく止まり続ける風景の
僅かな陰影のうごきに
君は目を瞑り
私は一喜一憂する

どんな嘘で君を欺けるのだろうかと
私は過去の書物や
人の言葉に助けを求める
しかし
世の中のどんな正しさも
君を動かすことはできない

だがそれが既に
君への欺きの始まりだった
私は砂丘の向こう
佇み続けた風景の果てへ
ひとつだけの
細い蔓を伸ばしていた

見知らぬ海があった
私達の部屋では
嗅いだ事の無い風が吹く
どこへ向かうのか知れない
速い潮流があり
嵐が吹き
時に凪になり
私はそこで
何度も繰り返し溺死した

昨日の建材も豊かに
見慣れた今日はまた建設される
その一隅の
掃除具のない部屋で
私と君はまた
小さな火を囲んで
ひととき掌を暖める

そして今日も
二人でくらい砂丘を見つめる
私は立ち上がり
上着を脱いで
そっと
君の背中に掛ける

あの砂丘の向こうの艀に
私は一艘の船を待たせている
海を渡るには頼りない
一人乗りの小船を