2013年6月12日水曜日

剃髪の夢(四)



べつに出家したいわけじゃない




空々しく
舎利禮文や般若心経を朝な夕なに唱え
カラスや野良猫に
自分が出したゴミ袋をむざんに破られ
使用済みのティッシュやケーブルテレビの督促状を
路上にばら撒かれても
いいですね
生きてますねと
ほんにゃり笑えるよう剃髪したい

剃り落とした生臭い髪には
さだめて甘苦いあの我執や
破裂せぬまま枯れしぼんだ かつての憤怒が
俗世との名残を惜しんで
小椋佳バージョンの『俺たちの旅』を歌うだろう
夢の坂道は木の葉模様の石畳
でもふつうに畳の上で剃髪したい
切腹する時みたく白装束を纏いたい
使わないけど脇差とか腰に差していたい

剃髪した後はなるべく優しくありたい
パック詰めの豚こま肉に
がんばったねと声をかけ
サンマの蒲焼缶に手を合わせ
多少の涙をこぼしたり こぼさなかったり
それでいて
出されたものは綺麗にたいらげ
いただきますとごちそうさまの二つで
すべての罪をまぬがれて
まこと善くあったと胸を張りたい

剃髪した後はおだやかに生きたい
むかしの話を楽しみつつ語り
つらい記憶でさえ
そんな時代もあったねと
熱い玄米茶で口の粘膜を溶解させながら
角が鈍くなってゆく自分を
成長したと誉めてやりたい

でも
剃髪した次の朝は
きっと何かが寒い

頭が寒い
とかいった鬆の入ったオチじゃなく
枯れた大根みたいにスカスカになっているんだ
脳みそを煮凝らせた あのやかましき日々の
何もかもが遠くなって
ふわふわとその辺を漂うだけの
抽象画みたいな景色のなかで
真っ白になって暮らしてゆくんだ
ちょっとずつ
ちょっとずつ誰や何やに手を振りながら
自分じゃそれに気づきもしないで



南無帰依仏 南無帰依法
剃るべきか 剃らざるべきか
そるべ ゆらゆらとそるべ
釈尊よ
どうかお教えください


『――縁なき衆生よ 
 諦めたらそこで試合終了ですよ』


安西先生!

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