日曜日の午後は
食卓に電気も点けず
窓から差し込む陽の光だけで
じゅうぶん明るい
ひどく遅い目覚めに
僕はお腹がすいていたので
冷蔵庫のなかから厚切りのパンを取り出すと
黄色の年代物のトースターにつっこむ
いつもの席で
日曜日のいつものステテコ姿で
父がTVのゴルフ中継を見ている
いつものように
のっそりと煙草を吸っている
僕は紅茶を淹れる
醤油差しや味の素なんかが置かれた我が家の食卓には
甚だ不似合いな白磁の洒落たティーポットに茶葉を入れ
お湯を注ぐ
この紅茶はとティーポットは
ヨーロッパ旅行をした友人からの贈り物で
茶葉はれっきとしたアールグレイであるので
僕はちょっと優雅な心地だ
フロックコートを着たような気分で
左手の親指と人差し指と中指だけで
ティーポットを持ちあげると
目を細めながら
飲み口がグリーンで装飾された白いカップに紅い液体を注ぐ
うっとりと目を細め
薬指と小指を上げた状態でお茶を淹れる僕を
不審そうに父が一瞥した
チーンという音がしてパンが焼きあがった
僕はそれにハチミツをぺたぺたと塗る
ほんとはメイプルシロップがいいのだけど
そんなものはうちにはない
向かいの席に座る父が
ゆっくりと
でも力のこもったガッツポーズをした
なに?
と僕が訊くと
「宮里藍」
と父が答えた
ああ女子プロゴルフか
「バーディー」
またぼそりと言った
バーディーか よかったね
気を取りなおして
フロックコートの僕に戻ると
英国紳士の気分でトーストと紅茶をいただく
ありがたみのあるアールグレイに比べて
ハチミツトーストには遠慮がないので
紅茶のほとんどを残して僕はパンを平らげてしまった
そしてまた僕は
アールグレイのしっとりとした香気を楽しむ
執事(バトラー)の老人が来て
旦那さま 伯爵令嬢がお見えになられました
なんて耳元で囁きそうな気分で
女子ゴルフを見ていた父がのっそりと立ち上がった
てっきりトイレかと思ったが
彼はコンロの方に行くと何やらごそごそとしだした
そしてフロックコート姿でアールグレイを楽しむ僕の前に
ごと と深みのある器を置いた
厚揚げの煮物だった
「厚揚げ」
ぼそりと父
うん どう見ても厚揚げだ
「食っとけ」
そう言って父は
また女子ゴルフに戻っていった
これアールグレイだよ?
僕はこの一言で充分足りると思ったが
父はゴルフ中継に目を向けたまま
「食っとけ」
ぼそりと繰り返すだけだった
しぶしぶ僕は厚揚げを食べることにした
父はいつもは物静かだが怒らせると怖ろしい
そして僕は
左手には白いカップのアールグレイ
右手には塗り箸で厚揚げという
妙な格好になった
フロックコートの下ははかまに足袋
オールバックに決めてた頭にはちょんまげが生えた
厚揚げはうまかった
かみ締めるとしょうゆ味のおつゆが
じゅわーと染み出した
父がまた
ゆっくりと
力のこもったガッツポーズをした
宮里藍だった
またバーディ?
と僕が訊くと
「パー」
とぼそり答えた
宮里藍なら何でもいいらしい
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