2012年1月24日火曜日

厚揚げに紅茶


日曜日の午後は
食卓に電気も点けず
窓から差し込む陽の光だけで
じゅうぶん明るい

ひどく遅い目覚めに
僕はお腹がすいていたので
冷蔵庫のなかから厚切りのパンを取り出すと
黄色の年代物のトースターにつっこむ

いつもの席で
日曜日のいつものステテコ姿で
父がTVのゴルフ中継を見ている
いつものように
のっそりと煙草を吸っている

僕は紅茶を淹れる
醤油差しや味の素なんかが置かれた我が家の食卓には
甚だ不似合いな白磁の洒落たティーポットに茶葉を入れ
お湯を注ぐ

この紅茶はとティーポットは
ヨーロッパ旅行をした友人からの贈り物で
茶葉はれっきとしたアールグレイであるので
僕はちょっと優雅な心地だ

フロックコートを着たような気分で
左手の親指と人差し指と中指だけで
ティーポットを持ちあげると
目を細めながら
飲み口がグリーンで装飾された白いカップに紅い液体を注ぐ

うっとりと目を細め
薬指と小指を上げた状態でお茶を淹れる僕を
不審そうに父が一瞥した

チーンという音がしてパンが焼きあがった
僕はそれにハチミツをぺたぺたと塗る
ほんとはメイプルシロップがいいのだけど
そんなものはうちにはない

向かいの席に座る父が
ゆっくりと
でも力のこもったガッツポーズをした

なに?
と僕が訊くと

「宮里藍」
と父が答えた
ああ女子プロゴルフか

「バーディー」
またぼそりと言った
バーディーか よかったね

気を取りなおして
フロックコートの僕に戻ると
英国紳士の気分でトーストと紅茶をいただく

ありがたみのあるアールグレイに比べて
ハチミツトーストには遠慮がないので
紅茶のほとんどを残して僕はパンを平らげてしまった

そしてまた僕は
アールグレイのしっとりとした香気を楽しむ
執事(バトラー)の老人が来て
旦那さま 伯爵令嬢がお見えになられました
なんて耳元で囁きそうな気分で

女子ゴルフを見ていた父がのっそりと立ち上がった
てっきりトイレかと思ったが
彼はコンロの方に行くと何やらごそごそとしだした

そしてフロックコート姿でアールグレイを楽しむ僕の前に
ごと と深みのある器を置いた
厚揚げの煮物だった

「厚揚げ」
ぼそりと父
うん どう見ても厚揚げだ

「食っとけ」
そう言って父は
また女子ゴルフに戻っていった

これアールグレイだよ?

僕はこの一言で充分足りると思ったが
父はゴルフ中継に目を向けたまま
「食っとけ」
ぼそりと繰り返すだけだった

しぶしぶ僕は厚揚げを食べることにした
父はいつもは物静かだが怒らせると怖ろしい

そして僕は
左手には白いカップのアールグレイ
右手には塗り箸で厚揚げという
妙な格好になった

フロックコートの下ははかまに足袋
オールバックに決めてた頭にはちょんまげが生えた

厚揚げはうまかった
かみ締めるとしょうゆ味のおつゆが
じゅわーと染み出した

父がまた
ゆっくりと
力のこもったガッツポーズをした
宮里藍だった

またバーディ?
と僕が訊くと

「パー」
とぼそり答えた

宮里藍なら何でもいいらしい

0 件のコメント:

コメントを投稿